冬至のゆず湯

2013/12/23 at 18:07

13:12ゆず湯 「冬至はゆず湯」という言い伝えがありますね。今日は冬至だったので、ゆず湯にしました。お風呂に買ってきたゆずを放り込むだけですが、風呂が沸くのを待ちながら、嫁と「体にええらしいで‥‥」「へー、そらえーわ。」とか話してると、それだけでのんびりした気分。ぬるめにして、長風呂にしました。 おーっ、香りがいいです! 爽やかな天然アロマ、何だかご機嫌。結構ぬるいのに、しばらくすると、汗がいっぱい吹き出してきました。それと同時に、肌が少しぴりぴりとした感じもあり、ホントに体に効いてるなあと実感しました。一晩中ぽかぽかが続き、朝までぐっすり安眠。

いにしえの智慧、恐るべし!

タイ旅行その4~温もりの古都チェンマイ

2013/10/25 at 14:21

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 スコータイからバスに揺られ、チェンマイのバスターミナルに到着。急に「人の世」に帰ってきたようで、そのギャップが面白かったです。魔法が解けて、止まっていた現実が突然動き出したかのような‥‥‥‥。バスを降りた途端、ソンテウ(乗合タクシー)の運ちゃん達に取り囲まれました。振り払っても最後までしつこくついてきた運ちゃんと値切り交渉。押したり引いたりの末、やっと成立。結果的にガイドブックに書いてあった市中への平均運賃。やれやれ‥‥‥。

ソンテウソンテウは荷台が座席

 チェンマイは歴史的に大変古く、13~16世紀にラーンナー王朝の首都として栄えた町。バンコクに次ぐ、タイ第二の都市と言われますが、市内人口は27万人(バンコクは800万人)と、実際はこじんまりした地方都市。王朝時代の城塞都市の名残、堀と城壁の内側は旧市街、その外に新市街地が取り囲んでいます。 旧市街を歩いていてふっと感じたのは、どことなく雰囲気が京都に似ていること。そういえば、東西南北碁盤の目の道路、高い建物がないのも、京都と同じです。どうやら、景観保存のために建築にも制限があるようです。チェンマイも京都も歩けば、社寺に出会い、町のそこここ、ちょっとした佇まいに、歴史の厚みが顔をのぞかせます。

wat chedi luang私のお気に入りワット・チェディ・ルアン

wat umong洞窟寺院ワット・ウモーン、貸しチャリンコで行きました

wat doi suthep山寺ワット・ドイ・ステープへの龍の階段

wat doi suthep2山頂の境内はまたもやキンキラキン!

 スコータイは、かつての都は滅び、遺跡が残るのみ。現代と繋がりが途切れています。しかし、チェンマイや京都は幾多の激動を乗り越え、街と人々の暮しは今も連綿と続いています。古都たる所以ですね。京都生まれの私は、チェンマイに何かしら親近感を感じるとともに、古き良きものが残り、それらを後世に残していく事の大切さを思いました。

「温故知新」という言葉があります。「温」に「たずねる=訪ねる、訊ねる、尋ねる」の読みと意味があって、読み下すと、「ふるきをたずねて、新しきを知る」。歴史や古典、過去の遺産である様々な伝統、芸術、思想や教えに学び、今に通用する新たな視点や発見を得るという意味だそうです。時代、そして洋の東西すら越え、人間存在の根幹に関わる普遍的な真理や真実、智慧を、そこに見出すことが出来るからでしょう。 私事で恐縮ですが、表現に携わる者の端くれですから、私も「ふるきをたずね」ようと、頻繁にクラシックのコンサートや美術館に出掛けます。何百年も昔、ヨーロッパで創作された作品なのに、現代の日本人である私の心に、今、瑞々しい感動が湧き上がります。傑出した作品には、作者個人や、時代や文化、肌の色の違いも超え、同じ人間ゆえ心の底で共感し揺さぶられる、美しさや感興がこもっているのですね。これも根源的普遍。人類の宝というに相応しい創造に、身近に接し、学べるのは大変幸せな事だと有難く思っています。 しかし、これら過去の遺産や英知に宝のような価値があるからといって、守旧、復古、懐古主義に走るのは何の意味もありません。私達が生きて立っていられるのは「今・ここ」だけ。しかも、そこは常に真新しく、前にしか時計の針が進まないのは自明だからです。では、私達が生きる「今・この世界」は?  現代を席巻する資本主義は、過剰に競争スピードが上がり、目先の利益を勝ち取るために、とてもせちがらい社会を作り出しました。一世を風靡したものがあっという間に陳腐化し、台頭する次にすぐ取って代わられる、そんな刹那的世相の中を、人々は駆り立てられるように生きています。押し寄せる変化の波に「乗り遅れる事への恐怖」が根底にあるのではないでしょうか。そんな現代にこそ、時代に左右されない、本質的、普遍的な価値を見通す目を養う必要があると痛感します。「今・ここ」の突先で前を向き、本当に確かで大切なものを見通す智慧の目です。

バンコクでは、現代潮流の波風が押寄せ、旧来のものとせめぎ合い、入り混じり合って、渦のような混沌としたエネルギーを感じましたが、ここチェンマイでは、街も暮しも十分モダナイズされていながら、一転、穏やかで柔らかい時が流れているように感じられました。同じく、京都にもゆったりした空気がありますが、あっちはもっと洗練され、しかも、したたか。東京に象徴される「現代」に意図的に距離を置こうとしているふしすら見受けられます。 調べてみると「温故知新」の「温」にもう一つ別の読み、文字通り「温める」もあるとのこと。京都やチェンマイの住人みんなが、「ふるきをたずねる」のにそれほど熱心とは思えませんが、確かに、昔から受け継がれてきた遺産や伝統を、今もその暮らしのなかに温め続けているように思われます。 古き良きものが、日々の生活に息づいているなら、慌ててそれらを新しいものに取り替える必要などありません。せわしない現代に一歩距離をおく、そんな古都のゆとりが、訪れる人に安らぎを与えるのでしょう。大切にされてきた古いものには、何か温かさが感じられます。正に「温故」のおかげですね。 のんびり歩くチェンマイ旧市街、道すがら、懐かしく、ほっこりした温もりに満たされました。

<タイ旅行 了>

Toru_Cafeえっ?

Sometime Since 1975

2013/10/06 at 20:50

9/30(日)、吉祥寺Sometimeにこのお店がオープンした当初出演していたミュージシャン達が集まりました。Sometimeは、故野口伊織さんが作ったお店で、1975年にオープン。ピアノを囲んで立体的な作り、コンクリ打ちっぱなしに鉄骨とレンガが組合わさった内装に、アンティークなテーブルと調度。まるで、ニューヨークかシカゴの地下室ジャズバーにいるような、ユニークでカッコイイこのお店は注目を集め、建築やデザイン雑誌にひっきりなしに取り上げられました。(Sometime店内→) オープン当初は伊織さんの趣味で、あえて「Piano Hall Sometime」と銘打ち、面と向かってジャズを聴かせるのではなく、お酒や会話とジャズが楽しめるお店というソフト路線でした。SOMTIME会話を邪魔しないよう、ドラムを入れず、ピアノ+ベース+ヴォーカルの編成。それぞれの持ち場、5~6人程の若手ミュージシャンが、ハウスメンバーとして、予定が空いている日を繰り合わせて演奏していました。そのうち、若手ミュージシャンのたまり場となり、オフの夜も行けば仲間に会えるし、飛び入りで演奏したりと、毎晩わいわい盛り上がっていました。 当時、私は学生でもないのに、ご縁があって成蹊大学のジャズ研に潜り込み、学生ジャズバンドで腕を磨いていました。吉祥寺は成蹊大のお膝元、Sometimeがオープンして間もなく、このお店のレギュラー・ミュージシャンとなりました。私のプロ活動のスタート時期とも重なります。 以来、お店も、私のジャズ歴も38年! 今ではSometimeは指折りの老舗ジャズ・ライブハウス。私といえば、「ベテラン」と言われる歳に。

いくらジャズ界が狭いと言っても、何か企画がないと、偶然オープン当初のメンバーが集まるなんてことはありません。あの頃のレギュラーの内、佐山雅弘(pf)関根敏行(pf)斉藤クジラ(b)桜井郁雄(b)多田鏡子(vo)清水秀子(vo)という当時の編成2組分のミュージシャンが、ハウスバンドとなり、IMG_0547ミュージシャンだけではなく、店長達、お客さん達に集合の大号令がかかりました。しかし、30余年間は長い!今、どこでどうしてるかも分らない方々も多いのです。結局、ミュージシャンは上記に加え、坂井紅介(b)、そして私という当初メンバーに、大徳俊幸(pf)、吉尾公弘(ds)、斉田佳子(vo)が遊びに来てくれました。(金澤英明(b)津垣博通(pf)は用事で来れなかったみたい。残念!)'13-09-29(Sometime)他に、今は群馬の山の中に住んでいる、初代ベーシスト成田君、元店長のドジョウさん(やはり群馬在住)とマミちゃん(淡路島から)。お客さん達も、懐かしい顔ぶれが揃い、見回すと当時は20代、今は還暦前後の皆さんで客席は大盛況。集まったミュージシャンが入れ替わり立ち替わりで演奏しました。Sometime同窓会また、ミュージシャン席ではお酒と昔話が花盛り。盛り上がって楽しかった。昔の仲間達も、30余年の間に、一人欠け、また一人とシーンから消えていき、この日集まったミュージシャンは、その生き残り。それぞれ、年輪を重ねてこその、聴き応えある素晴らしい演奏でした。みんな、戦友ともいうべき、誇らしくかけがえのない仲間達。 現在は、Sometimeに縁遠くなったメンバーもいますが、デコちゃん、クジラ君、そして、私の3人は今もレギュラーバンド〜月イチのペースで出演しています。ご縁が深いのでしょう、このお店から離れられないんですね。 それだけにここは、ホームグラウンド、自分の音楽的故郷~実家みたいに特別な場所です。

Sayama    ↑会うのは10年ぶりぐらいの佐山(pf)。懐かしい! 彼はピアノのライバルでありながら、とても気が合い、昔はよくつるんでいて、いくつかのバンドで、2キーボードで演奏していました。その彼は今や、某音大の教授さま、とても貫禄がつきました。

タイ旅行その3~混沌・未分化と無秩序

2013/09/15 at 22:15

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lotus flowerコラム「混沌のバンコク(タイ旅行その1)」に予想以上に反響がありました。びっくり、そして少し嬉しいやら‥‥。  ある方からメールをいただき、東北の被災地の混沌とした状況に言及され、青年のパワー、未来への展望が見えないこと、更に日本全体が同じような状況ではないかと、悲しんでおられました。確かに、被災地、そして原発で起きていることは、行き詰まった末、山積みの問題を前にして、身をすくめ、固まってしまったような状況です。日本全体の状況とも共通するのは、全てが場当たり的対症療法であること。 問題点を的を射た視点でよく分析し、しっかりとした現状認識を持つことから始め、将来の選択肢としてのヴィジョンと方法、それらのメリット、デメリットを示し、オールジャパンの議論を尽くして、そのいずれかを選択し、実行するしかありません。そこには創造的な智慧と実行力、そして忍耐が不可欠です。これが出来ないところに、東北、原発を含む日本全体の病巣があると感じます。なぜこれが出来ないのでしょうか?いつまでこれが続くのでしょうか? 今の日本は、若者が将来に楽天的な夢を持つには程遠い状況ですが、動きのとれないように見える現状も、無常ですから、放っといても時の流れに洗われ、変化することは不可避な事実です。同時に今、少なくとも、私達には選択し、実行できる自由とその余地があります。つまり、状況を意志的に変えていくことが出来る事を忘れてはなりません。 2020年オリンピックの招致を決め、このニュースで日本が沸き立ちましたが、これが、日本問題の本質から単に目をそらすだけのものに終わらないことを切に願います。

「カオス=Chaos」という言葉は混沌と訳されることが多いのですが、古典ギリシャ語で、森羅万象が形成される以前の、原初の未分化なエネルギーに満ちた状態を意味するようです。同じ語源の言葉が、英語では「ケイオス」と発音され、「無秩序」「大混乱」口語的には「ムチャクチャ」の意味で使われるようです。東北のどん詰まりの混沌はこちらの「ケイオス」に近いように思えます。一方、バンコクの混沌は、未だ一定の秩序や形式の枠に収まることのない、エネルギーに満ちた混沌。こちらはギリシャ語の「カオス」。

物事が形作られ始めると、そこに「秩序」が形成され始め、やがてしっかりと秩序が全体を支配するようになると、その物事の形や性質、状態が維持されます。様々な要因で、秩序が崩壊し始める時が、形の崩壊と、混沌の始まりと言えると思います。現象の生滅の前後にあるのが、混沌ということでしょうね。同じ混沌ですが、現象を中心に観ると、その前後で、未分化の混沌、無秩序の混沌と言えそうです。

現象の世界は、生滅がひっきりなし。復興が遅々としてして進まない東北も、長いスパンで考えると、50年後、100年後も、今と同じどんずまり状況が続いてるとは思えません。しかし同時に、震災以前と同じ姿に戻っているとも思えません。現象(諸行)の無常はその通りですが、自分が大切にしていたものを失ったとき、それを何としても取り戻したいと願うのが人の情。現象と人心のギャップは常に葛藤をもたらします。栄華を極めたスコータイ王朝も末期は大変な混乱、混迷の中に、人々が右往左往したことでしょう。しかし、悠久の時の流れの中では、全てははかない夢のあと。今は全てが鎮まり、文字通り、静まり還って、次の時を待っているかのようです。 転じて観ると、原発事故処理が終息し、鎮まらないかぎり、福島には次の時は来ません。

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カレーの海で泳ぎたい

2013/09/06 at 14:21

9784895112369_1私の実弟、続木義也が本を書きました。

続木四兄弟、一番下の弟は、京都下鴨でカフェ・ヴェルディという自家焙煎珈琲店を営んでいます。飲食業のプロというだけでなく、自身もかなりの食いしん坊で、彼の京都食べ歩きのブログコラム「店主の気まぐれ日記」は、大変人気があり、グルメ雑誌編集者やライター、その他プロ達ももこっそり読んでるそうです。私も時々読みますが、食べ物大好きな彼個人の趣味とともに、職業人ならではの視点と意見がバランスよく配され、とても参考になります。

そんな彼のコラムに、数年前からカレーにまつわる記事が増えはじめました。実家に帰ると、「兄貴、カレー喰いにいこう。」と誘ってくれるようになりました。一緒に食べながら話を聴くと、インドやタイのスパイス料理の魅力にどっぷりのようです。もともと彼にはマニアックな一点追求型の性格があり、それが幸いし、珈琲をとことん極めて今の彼の店、カフェ・ヴェルディがあるわけです。 その彼が、今度はカレーにハマっているので、もしや将来インド料理屋さん?と恐る恐る訪ねたら、餅屋は餅屋だから、自分はやる気はないとのことで、ちょっとホッとしました。 しかし、彼のマニアぶりはコラム等を通じてよく知られる所となり、ある編集者からカレーの本出しませんかと話があったそうです。悩んだ末引き受け、ついに「カレーの海で泳ぎたい」出版の日の目を見た次第です。身内の贔屓目を差し引いても、なかなか良く書けていると思います。内容も面白く、読み始めたら一気に読んでしまいました。何よりも、読んでると、”ああカレーが食べたい!”

特に、カレー好きの方はぜひご一読を。なかなかスパイシーな一冊ですよ。(Amazon→)

タイ旅行その2~悠久のスコータイ

2013/09/03 at 16:33

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世界中どこへ行っても、観光スポットほとんどは、寺院や歴史的な建造物です。私の実家は世界有数の観光地、京都。世界中から人が来てどこへ行くかと言うと、お寺や神社です。タイでも、ガイドブックで紹介される観光スポットはお寺。(タイ語で「ワット~~~」)バンコクでは、やっぱり巨大な涅槃仏(横臥した仏像)で有名な「ワット・ポー」へ行ってきました。Wat Pho日本の寺院や仏像は金箔や彩色が落ちても、渋いまま元に戻さない方が多いようです。(金閣寺や、平安神宮は例外?)それはお茶の「侘び寂び」の影響でしょうか?いずれにしろ、風景や自然に溶け込んだ佇まいは、日本人の気風に合っているように思います。それに比べ、タイの寺院のカラフルなこと!そして金ピカでエキゾティックな面持ちの仏像。日本人の私にはちょっとそれが「安っぽく」感じられました。

実は今回のタイ旅行でどうしても行きたかったのはスコータイ。同じ仏教寺院でも、スコータイのは、13世紀頃の仏教遺跡群。遺跡としては、バンコクからも近いアユタヤが有名ですが、スコータイはアユタヤより観光地としてはおっとりしたもので、アクセスもあまり良くありません。平日に行ったのですが、観光客も少なく閑散としていました。それがかえって良かったと思います。スコータイ歴史公園から一番近い宿をとり、午前中に到着したので、早速宿の自転車で出掛けました。歴史公園の城壁内有料区域は広い敷地に沢山の遺跡群があり、公園として整備保存されていました。広いのですが、自転車で走り回り、お昼すぎには有料区域の遺跡全部を周り切ることが出来ました。Skhothai 01

昼食後、区域の外に点在する遺跡に行ってみることにしました。この辺りは、少し街から離れると、豊かな森が広がる、たおやかな自然に包まれています。地図を頼りに自転車を走らせると、風景の中にとけ込むように佇む遺跡は、時を超えて目の前に現れてきたかのようで、驚きを伴った新鮮さがありました。Wat Sri Chum2一番のお気に入りは、ター・パー・デーン堂。スコータイで一番古い遺跡で、13世紀の仏教寺院建立以前の、12世紀のヒンドゥー教の祠。仏教遺跡は様式美があり、大変洗練されているのですが、こちらはもっとプリミティヴ。ゴロンとした存在感が何かユーモラスでした。San Ta Pa Daen

よく整備保存された有料区域に比べ、外の遺跡は、まだ修復が進まず、少し荒れていて、文字通り「遺跡」の佇まいがありました。他の観光客とも全く会わず、遺跡の中にぽつんと私達だけ。おかげで「夢のあと」の寂寥感を、そこはかとなく味わえました。その昔、王朝の都として栄華を極めたに違いありません。その興亡とともに、壮大な人間ドラマが繰り広げられたことでしょう。しかし。今は静けさの中、夏草に覆われ、朽ちた建物の形骸が残るのみ。正に諸行無常。実はこの「諸行無常」という言葉は、重要な教えを内包した仏教用語です。バンコクのピカピカのお寺でははなく、崩れかけたお寺の残骸に囲まれ、諸行無常を実感するとは、逆説的ですね。想いを巡らせながら上を見上げると、ゆったりと流れるポワンとした雲と、突き抜けるような青空が広がっていました。地上では一つの文明が華咲き、やがて滅び去っても、何にも動じず、変わらず全てを包み込む大空に、その時、悠久の時の流れを感じました。

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タイ旅行その1~混沌のバンコク

2013/08/04 at 17:28

色々抱えていた案件が落着したので、気分転換も兼ね、一週間程タイに行って来ました。以前からタイには親近感を感じていたこと、それから豊田勇造くんの歌に出て来る様々なタイの顔を、自分の目で見て体感したかったからです。

バンコク~スコタイ~チェンマイとタイ中央から北への旅でした。

bankokバンコクには正にアジアのカオス(混沌)があり、聖俗、新旧、洋の東西、美醜、貧富等々、どんな物でも飲み込んでしまう、コントロールを超えたエネルギーが満ちていました。特に、日本と一番違うのは、若者達がエネルギッシュであること。将来に対して楽天的で、若さを思いきり楽しんでいるように見えました。日本のような格好だけの洗練はありませんが、内に溢れる元気さが光っていました。

新しい何か、クリエイティブな発想が生まれてくる土壌は、決してクリーンで整った状況ではなく、雑菌うようよの何だか分けの分らないカオスな場が必要な気がします。矛盾と相克の緊張と、ぶつかり合い、破壊と創造をはらんだ、渦のようなエネルギー。私の青春時代、60年代~70年代の日本には、価値観すべてが揺らぎ、壊れていくような混沌のエネルギーが社会に満ちていました。ユニークな人達、びっくりする出来事やもの等、文字通り奇想天外だらけで、お金はなかったけど、とにかく面白かった。当時気鋭の奇才画家、岡本太郎が「芸術は爆発だ!」という言葉を残しましたが、正にそんな感じの時代でした。私は夢中でその時代を駆け抜けました。今振り返っても、かけがえのない青春でした。(ちなみに、私は岡本に共感を感じつつも、実は、彼の作品と表現のやり方は必ずしも好きではありません。)

どういうわけかバンコクの雑踏の中て、あの青春時代に似た熱気を感じ、あの頃の記憶が蘇りました。同時に、自分の内に、ある種のカオスを養わないといけないなあと、実感しました。 心をちゃんと整理しておいた方が、落ち着いて生活出来るのですが、それではあんまり面白みのない人生かな? 反対に混沌もよしとし、整理し切れない、ふつふつしたエネルギーに自分を浸す方が、インスピレーションが降って湧くような気がします。ピアニストである私には、インスピレーションは不可欠ですから、どうすれば自分をそのような状態に持って行く事が出来るでしょう? 岡本太郎は「反骨」を糧にしたように思います。反骨は分かり易いし、社会的にもカッコイイ、例えば「反骨の芸術家」なんてね。しかし、私にとっては「反骨」に少し違和感があり、反骨とは違うもっと自然な質のアプローチをしたいのです。

ではどういうアプローチかというと、「決めつけない事」「とらわれない事」、そして何より、混沌であれ、反骨であれ、何でも受け入れ、包み込む「おおらかさ」。 心には本来的に自由で制限のないエネルギーが宿っていて、無理して型にはめず、流れるままに解放する事が重要な鍵になる気がするのです。 岡本の、個による体制への反骨、いわば、個と世界が対峙する西欧的世界観に対して、私のは東洋的世界観からのアプローチかも知れません。バンコクの混沌には、確かに楽天的なおおらかさがありました。

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ChickenShack インタヴュー記事

2013/07/28 at 14:48

jazz lifeJazz Life  8月号(7/13発売)にチキンシャックのインタヴュー記事が掲載されました。バンドのこと、ニューアルバムのこと、メンバーそれぞれの思いなど、ブルーノート出演時、楽屋でのリラックスした感じのトークです。(オッサン達の勇姿?の写真も満載)

ぜひご一読下さい!

ChickenShack Live’13 終了!

2013/06/19 at 00:09

13:06:14@BlueNote

6/11(火)は大阪ビルボード、そして、13(木)〜14(金)Blue Note 2Daysやりました。皆様お運び有り難うございました!

大阪の2セットはいい感じの緊張感があって、演奏しながらスリリングでわくわくしました。東京に帰って、13(木)は落ち着いた大人の感じで演奏できました。こういうチキンシャックもいいなあ。翌14(金)は大盛況。お客さんにのせられて、気持ちが高まるのが感じられました。最終2nd セットは、昔の曲は1曲もやらず新曲だけでしたが、演奏内容が大変良く、聴き手の皆さんがそれに応えて下さり、言葉にならないコール&レスポンスがあって、ぐんぐんいい感じになりました。ステージの時間が相当オーバーしていたのに、アンコールを2回も頂き、私達も名残惜しい気持ちがひとしおでした。本当に感謝です!

13:06@BlueNote去年はリユニオン=同窓会みたいな、「久しぶりに盛り上がろうぜ!」で良かったのですが、今年は「ChickenShack Ⅶ」を銘打った新譜もリリースし、リユニオンから2回目のLive。ここから正に、私達の今の音楽性と実力、そして真価を問われることになるとの実感がありました。 以前、考えるところがあり、ずーっと電気楽器の類いは触って来なかったのですが、今回、どうせやるならちゃんとせなあかんと、新譜レコーディングを機に腰を据えてキーボードワークに取り組みました。ChickenShack Ⅶにその成果を聴き取って頂ければ嬉しいです。 去年のLiveは、昔使っていたシンセ中唯一押し入れに眠っていたVFXを持ち出し、後は全部レンタル機材でLive をやりました。今年はレコーディングで使った機材+新たにもう1台買い足し、シンセの音色も新たに作り、自前で臨みました。結果、ご覧のようにキーボード3段積み、生ピアノの上にもう1台と、何かコックピットのよう。ホントにプロのキーボーディストになったみたいな気がしました。 キーボードは生ピアノとは全然違う難しさがあります。決して若くない頭と体にむち打って頑張ることにします。

来年もきっとやるので、ぜひ応援して下さいね!

Chickenshack Ⅶ リリース!

2013/05/25 at 01:37

Chickenshack Ⅶチキンシャック ニューアルバムが6月12日(水)リリースされました!

改めて出来上がりを聴くと、メンバーみんな大人になったなあと思います。 成熟した大人が、胸を張ってやる音楽がそこにあって、ホントの意味で等身大の音楽になってきた感がありました。

一つの時代を共有しつつ、私達と一緒に青春を駆け抜けて下さった皆さんも、それぞれ人生の年輪を重ねて来られたことでしょう。 現在の私達を聴いて下さったら、昔とはまたひと味違うけれど、今、共感出来る Something が籠っていると確信しています。ぜひ、聴いて下さいね!   (Amazon→