マイルスを語る時、”Cool”(クール)という言葉がキーワードだと思います。この英単語の口語的語感は単に「冷静」というだけでなく、知性的、洗練された、というニュアンスに加え、「いかす」つまり、何よりもかっこよくなければなりません。 マイルスはワン・アンド・オンリーというだけでなく、いつの時代も常にジャズ界のトップランナーとして君臨し続け、時代の節目にバンドのスタイル驚く程変化させてきました。そのどれを聴いても一貫して “Cool” な音楽をやろうとするマイルスの姿勢が感じられるのです。
活動初期、マイルスは新進トランぺッターとしてパーカーのバンドにも在籍、ニューヨーク・バップ・シーンのど真ん中にいたわけです。周りにはクリフォード・ブラウン、ディジー・ガレスピー等、すごいトランぺッターが目白押し。全く個人的な推測ですが、音も貧弱、テクニックも大したことのないマイルスは、相当コンプレックスを感じていたのではないかと思います。(実際パーカーとの録音を聴くと、聴き劣り感は否めません。) ビーバップの演奏は、弁論大会の雄弁みたいで、すごい勢いでフレーズを吹きまくる、熱気あふれるアドリブ合戦です。圧倒的な個人技を誇る奏者がひしめく土俵で、同じ事をやっていたら勝てる訳がないとマイルスは考えたに違いありません。 悩んだ末、彼の出した答えが、アルバム “Birth Of Cool” だったと思います。個人技、アドリブ中心と正反対の方向性、つまり9人編成の緻密で洗練されたアンサンブル。そして熱に浮かされたビーバップの “Hot”とは真逆、知性的で冷静な音空間。何よりもそこには明確で意識的な「スタイル」がありました。
録音に参加したミュージシャン達はその後ウエスト・コーストを中心に「クール・ジャズ」というジャズのスタイルを作っていきます。 しかし、マイルス自身のアルバムを聴くと、このクール・ジャズの一派とは全く一線を画した空気があります。マイルスにとって”Cool”とは、単に冷静、知性的な演奏という表面的な事ではなく、意識面での、音楽や物事に対するアティテュード(意識の姿勢、態度)を意味していたのだと思います。ビーバップの演奏家達にコンプレックスを持っていながらも、”Hot”で汗だくなそのスタイルが、田舎っぽくダサイと感じていたマイルスは、同時に、ずば抜けて冷静で洗練された知性と感性が、自分に備わっている事を強く自覚していたと思います。その目覚めた意識を形に表現することこそ「”Cool”=かっこいい」と、そして、それができる自分の存在そのものが”Cool”なんだと、彼はそう言いたかったのではないかと想像しています。このアルバムはマイルスがワン・オヴ・ゼムからワン・アンド・オンリーへ一歩踏み出した記念碑と言えるでしょう。彼のどのアルバム、何を聴いても、「オレの音楽は違うだろ?こんな芸当はオレだからできる」とささやく彼の声が聞こえる気がしきます。こんなに自覚的な強い自己意識を持ち、それを意識的に表出してきた男は、ジャズの世界では、他に知りません。<マイルスに教えられた事その3に続く>