2月の演奏スケジュール

2014/01/25 at 15:34
14/02 jet piano

2月のスケジュール  (前月→)
1(土)
カモメ(関内)045-662-5357
Brazilian night w/向井滋春(tb)城戸ユカ(fl)佐藤慎一(b)守新治(ds)
6(木)
セロニアス  (東中野)  03-3365-0572
w/続木Brothers+辻邦博(g,vo)
7(金)
Ko-Ko  (渋谷)  03-3463-8226
w/大友義雄(as)桜井郁男(b)藤井学(ds)
10(月)
P’s Bar  (池袋)  03-5391-3365
w/吉野ミユキ(as)矢野伸行(b)
11(火・祝)
Sometime  (吉祥寺)  0422-21-6336
“Happy Valentine Special”
Soulful night w/H.H.C.B. / 
ウォーネル・ジョーンズ(vo,e-b)後藤輝夫(sax)
西山”HANK”史翁(g)コモブチ樹一郎(e-b)鶴谷智生(ds)
13(木)
ケイ(赤坂)03-3586-5151
w/池の本和美(vo)清水ちえ(vo)仲石裕介(b)
15(土)
マンハッタン  (阿佐ヶ谷)  03-3336-7961
w/吉野ミユキ(as)矢野伸行(b)正清泉(ds)
18(火)
ファースト  (横浜日ノ出町)  045-251-2943
w/太田恵資(vln)+続木Brothers
20(木)
P’s Bar  (池袋)  03-5391-3365
w/続木Brothers+辻邦博(g,vo)
22(土)
Nica’s  (町田)  042-729-8048
w/向井滋春(tb)山下弘治(b)海野俊輔(ds)
24(月)
ケイ(赤坂)03-3586-5151
Jam sesion host w/鈴木洋一(g)岩崎悠太(b) (MC 2,000円)
25(火)
16:30
北社会保障病院 1F ロビー  (赤羽) 03-5963-3311
w/高瀬龍一(tp)古西忠哲(b) (無料)
27(木)
よいどれ伯爵  (関内)  045-261-0272
w/渡辺明日香(vo)
28(金)
ケイ(赤坂)03-3586-5151
w/おぬきのりこ(vo)らいらかおる(vo)中村裕希(b)

アバド逝く

2014/01/22 at 13:35

アバド逝く指揮者クラウディオ・アバドが80年の生涯を閉じました。アバドは私が大きな影響を受けた音楽家の一人です。彼の音楽を聴くと、常に、音楽の持つ二面性、つまり主観面と客観面について考えさせられます。彼にはこの両面において特別に優れた洞察力があり、音楽それ自体に、自然に表現させることをとりわけ大切にした人だと思います。どんな曲も、スコアの隅々まで精緻で明晰。しかし、「情念」については大変慎重で、それが突出しないよう細心の注意を払っているように思われます。つまり、主観が突出することで客観性が損なわれる事を回避し、その代り、瑞々しい音楽的感興が立ち上がることをことのほか大切にしたように思います。(「情念」に慎重だったことは、彼への評価を二分する原因の一つだと思います。)

客観面において、彼のロンドン・シンフォニーとのラヴェルの録音はとりわけ勉強になりました。モーリス・ラヴェルの音楽は、詩的、内的な側面を大切にしたドビュッシーとは対比的に、むしろ、音楽の客観的、外的側面を重視し、もの凄くスタイリッシュな美学に抜かれています。(構造の作りは印象派というより、古典的でさえあります。)ラヴェルの美意識に対するアバドのずば抜けた洞察力が光り、見事にラヴェル世界を瑞々しく立ち上げています。個人的には、アバド以上にラヴェルと相性のいい指揮者はおらず、恐らく、アバドの演奏を天国のラヴェル本人が聴いて、舌を巻いてるんじゃないかと思う程です。

例えば、ラヴェル後期の作品「ラ・ヴァルス」の録音。この曲の内包する「狂気」、「危なさ」を見通し、それをアバド以上に緻密に表現し切った演奏に出会った事がありません。しかも、表面上は優雅でスタイリッシュ。この曲は冒頭から不穏な空気があるのですが、曲が進むにつれ、危なさがたちこめ、だんだん音楽の端々がねじが緩むように狂い始めます。やがて収拾がつかなくなり、狂おしく熱をおび、最後は狂気の沙汰。その頂点であっという間に曲が終わります。聴き手は「ええっ?」と唖然とさせられます。アバド表現の素晴らしいところは、その狂っていく様が「官能的」であること。彼の血がイタリア人であることと、官能的であることとは無縁ではないと思います。

「官能的」という事に関しても、私はアバドの演奏から大きな影響を受けました。私は、この世界で最も官能的な音楽を書いた作曲家は、アルバン・ベルクだと思っています。死への意識と隣り合わせのような音楽で、前出の「ラ・ヴァルス」よりもっと危ない感覚を呼び起こされますが、同時にこの上なく美しく、ベルクの凄まじい美意識に抜かれています。特に最晩年の作品には死への指向が濃く、「ルル」は「冥府への沈降」、ヴァイオリン協奏曲は「天上への昇華」と、とても対照的。アバドは、ベルクのオーケストラ作品集を若い頃ロンドン・シンフォニーと、歳をとってからウィーン・フィルと録音しており、同じ曲が多数重なっているので、聴き比べると大変興味深いです。若い方はベルクの難解で超複雑なスコアを、透かし彫りを見るように精緻明晰な演奏。歳をとってからの方は、心の奥深く、ほの暗い心理の襞に分け入っていくような、怖い感覚があって、ぞっとするような官能の美があります。 私はチキンシャック時代の最後期、ベルクの音楽に惹かれ、夢中で、朝から晩まで様々な演奏家によるベルク作品を聴きあさっていた時期がありました。一番心に迫り、何度も繰り返し聴いたのは、アバドのウィーン・フィルとの録音でした。前出のヴァイオリン協奏曲は、アバドのはLive録音しかなく、この出来がもひとつなのが残念です。(ムターとウィーン・フィルとの演奏を遺して欲しかった。)

話は変わりますが、ジャズの世界で官能的であることを意識しているミュージシャンはあまり多くないように思います。ウエィン・ショーターとハービー・ハンコックは数少ないその二人。例えば「ネフェルティティ」という曲を聴くと、とても官能的なものを感じます。個人的には、この二人はベルクの音楽を聴き込んだ時期があったに違いない?と勝手に想像しています。実は、私がショーターのこの時代の曲を好んで演奏するのは、私なりの「官能性」へのチャレンジでもあるのです。

私は、1800年代の終りから1900年代初め、いわゆる「近代」に惹かれるところがあり、もしタイムマシンがあったら行ってみたいのが、ベルクのいたウィーンとラヴェルのいたパリ。方や、バッハ時代からの古典的な伝統が最後の絢爛なあだ花を咲かせるウィーン。方や、全ての制約から自由を得、軽やかに未知の領域に飛翔するパリ。ロゴスと客観、形式を重んじ、理想を希求する古典的世界観の有終の美と、感覚と主観、心象を重んじ、自由を希求する近代の幕開けがこの二つの都市に集約、象徴されています。私が惹かれるのは、このどちらにもホントにぶっ飛んだところがあるからです。この時代のパリとウィーンにはとんでもないものが溢れていて、まさに晴天の霹靂オンパレード。その事に目を開かせてくれた上、それらの感覚、気風、香りに私を誘ってくれた一人が、アバドでした。

アバドの演奏や人柄は、自分をこれ見よがしに前面に出さないこともあり、一見「ユニーク」だとか、「個性的」の部類に入るようには見えません。しかし、同時に今まで存在する指揮者のどんなカテゴリーに分類することも難しく、一般には賛否、好き嫌いが、分かれるようです。 私にの目には、ワンアンドオンリー、稀代の知性、感性の持ち主に思えます。アバドの演奏を聴いて、驚きとともに「音楽って、こんなことも表現できるんだ。」と、気付かされることの多かったこと!

人間は常に未熟です。そして無知のなかで生きています。私は自分で可能な限り、音楽や文化、そして人間という存在について考えてきたという自負があります。ーーークラウディオ・アバド
 
一度もお会いしたことがないのですが、アバドさんには感謝の気持ちいっぱい。ご冥福をお祈りします。

フアン・ペン/チェンマイ

2014/01/15 at 18:39

huen phen1二泊三日のチェンマイ滞在中に、夜とお昼、2度も食べに行ったのが「フアン・ペン」。北部タイ料理のお店で、バンコクのココナツミルクを使った濃厚な味付けとは違い、シャープですっきりした印象です。山の幸が中心ですが、野菜もたっぷり。チェンマイで食べたベストのお店で、個人的にはすごく口に合いました。お昼は地元の人達もおしかける「美味しい地元食堂」。建物の通りに面したところでいただきます。夜は建物の右端、門のある入口から石畳を進むと、奥まったところに、夜のみ使われるレストランが現われます。内装も民族色豊かでムーディー。メニュー内容も宮廷料理等、「ハレ」の料理に変わります。けれど、そんなに高くはなく、コスト・パーフォーマンス抜群。お昼と夜で顔の変わるお店で、面白い! そしてどちらもホントに美味。
huen phen6

Huen Phen / フアンペン/ร้านอาหารเฮือนเพ็ญ
112 Ratchamankha Road
(昼)AM 8:30〜15:00 Tel : 053-814-548
(夜)PM 17:00〜22:00 Tel : 053-277-103